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原爆の子

原爆の子

『原爆の子』は、長田新により編まれた作文集『原爆の子―広島の少年少女のうったえ』を元に、新藤兼人が脚本・監督を担当した作品です。被爆から七年後に製作された本作は、原爆を取り上げた最初の日本映画と言われる。各国で物議を醸したが"原爆許すまじ"という世界の声に合致し各国で大きな反響を呼び、1954年には第8回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭平和賞、1956年に第10回英国アカデミー賞国連平和賞やポーランドジャーナリスト協会名誉賞など多くの賞を受賞し、世界に於いて反核映画の第1号となりました。世界で最初に原爆の洗礼を受けた広島の原爆の子供たちがつづった作文を編集したヒロシマ・ピースセンター理事長、広大教授長田新の“原爆の子”にヒントを得て、新藤兼人が『雪崩(1952)』に次いで自身脚色、演出を行っています。

カタルシスを味わう

『ひろしま』と『原爆の子』

当初、同時期に撮影されていた『ひろしま』を監督するはずだった新藤兼人監督が、製作総指揮に当たっていた日教組の考え方と意見が合わず、『ひろしま』を降板して本作を手掛ける事になったという経緯があります。製作には吉村公三郎が当たり、近代映画協会と劇団民芸が資金の面でバックアップを行い、原爆投下そのものよりも、被爆症で苦しんでいる現在に生き残った人々の苦痛を描く事で原爆の悲惨さを訴えています。撮影は『山びこ学校』の伊藤武夫、壮大なイメージの音楽は『ゴジラ』の伊福部昭が当たっています。『安宅家の人々』の乙羽信子が好意的主演をする他、細川ちか子、清水将夫、滝沢修、北林谷栄、小夜福子、宇野重吉などの民芸の人々が出演しています。本作はアメリカ軍が占領を終結すると同時に待ちかまえていたかのように製作を開始し、広島市民が全面的に協力をしていた他、出演者も殆どが奉仕的に熱演していた映画です。

『原爆の子』あらすじ

石川孝子(乙羽信子)は昭和20年8月6日原爆が投下された時広島に住んでいて、家族の中で彼女一人だけが生き残った。その後瀬戸内海の小さな島で女教員をしていた孝子は、原爆当時勤めていた幼稚園の園児たちのその後の消息を知りたいと思い、夏休みを利用して久しぶりに広島を訪れた。街は美しく復興していたが、当時の子供たちは果たしてどんなふうに成長しているだろうか。幼稚園でともに働いた旧友の夏江(斎藤美和)から住所を聞いて次々と訪問していく孝子だった。三平も敏子も平太も中学生になっていた。三平は子だくさんな貧しい父母の元で、靴磨きをして家を助けていた。敏子は孤児の彼女は教会に引き取られて、原爆症が発症して正に命の灯が消えかけていた。平太も親を失って兄や姉の手で養育されていたが、一家は明るくまじめに生き抜いていた。孝子は亡き父母の下で働いていた岩吉爺や(滝沢修)に出会ったが、息子夫婦を原爆で失い、老衰し、物乞いをする日々を送り、七歳になる孫の太郎と乏食小屋で暮らしているのだった。孝子は二人を島へ連れていこうとしたが、どうしても承知しないので太郎だけでも引き取りたいと思った。初めは承知しなかった岩吉も、孫の将来のためにようやく太郎を手離すことにして、嫌がる孫を諦めさせるため、その晩、家に火を放ち自ら命を絶つのだった。孝子は広島を訪れたことによって色々と人生勉強をし、また幼い太郎を立派に育てようという希望を持って島へ帰っていくのだった。

『原爆の子』概要

広島で幼稚園の先生をしていた主人公は、3人の教え子が生きていると知り再び広島に戻るという設定。彼女の体には未だにガラスの破片が残っており原爆を忘れないために、そのままにしている…その反面、彼女は被爆した時の記憶を出来るだけ忘れたいとも語ります。原爆に対する“怒り(=忘れまいとする自分)と恐怖(=忘れようとする自分)”を常に同居させているのです。被爆者した方々の心境は皆、同じなのでは?そう思うと、毎年“原爆の日”にどういった思いで平和記念公園にやってくるのか心中を察すると、同じ国民として胸が痛みます。印象に残るのは、何も無くなった広島で走り回る子供たちの背後…はるか彼方に必ず“原爆ドーム”がフレームインされている事です。多分、これは新藤監督が確信犯的に、そうした絵になるようにアングルを決めているのでしょうが、どの角度からでも収まる程、広島の街は一掃されてしまったということです。元気に走り回る子供と悲劇の象徴である“原爆ドーム”が余りにも対象的で、悲しみと怒りが同時に湧き上がってきます。子供の一人は原爆症のために、正に命を落としかけていて、会いにきた主人公に笑顔で喜ぶシーンがあります。外傷もなく7年も経った頃に死が襲ってくる見えない恐怖…それでも、笑顔を見せる少女の姿が胸を締め付けます。少女のように死の淵に立つ者、父を亡くした者、被爆しながらもささやかな幸せに向かって歩み出す姉を送る者…原爆の日を境に、明らかに運命が変わってしまった子供たち。こうした子供たちは世界各地にいる事を忘れてはなりません。そして、考えるのが大人の役目なのです。その大人が原爆を作り出していては話になりません。ラストで広島の空を飛ぶ飛行機の音に心配気に見上げる主人公を演じた乙羽信子の表情が印象に残る作品となっています。

制作と出演

世界で最初に原爆の洗礼を受けた広島の原爆の子供たちがつづった作文を編集したヒロシマ・ピースセンター理事長、広大教授長田新の「原爆の子」にヒントを得て、新藤兼人が「雪崩(1952)」に次いで自身脚色、演出を行っています。製作には吉村公三郎が当たり、近代映画協会と劇団民芸が資金の一切を作りだしました。撮影には「山びこ学校」の伊藤武夫が当たっています。

主な出演者

  • 乙羽信子(石川孝子)
  • 細川ちか子(石川せつ)
  • 清水将夫(石川利明)
  • 滝沢修(岩吉爺さん)
  • 北林谷栄(おとよ婆さん)
  • 宇野重吉(孝司)
  • 奈良岡朋子(咲江 孝司の妹)
  • 斎藤美和(森川夏江)
  • 下元勉(夏江の夫)
  • 殿山泰司(船長)
  • 東野英治郎(馬喰)
  • 寺島雄作(木島浩造)
  • 英百合子(木島おいね)
  • 小夜福子(教会員)
  • 多々良純(労働者風の男)

スタッフ

  • 演出:新藤兼人
  • 脚本:新藤兼人
  • 原作:長田新篇
  • 製作:吉村公三郎
  • 共同製作:山田典吾

主な賞歴

  • 1954年:第8回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭平和賞受賞
  • 1956年:第10回英国アカデミー賞国連平和賞受賞
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